世間はGWですが、僕は特に変わらない日常のままです。
今日は、恥ずかしながら、基本的なことを書きます。
今日は、とても良いことがあって、答案を書いたら某人に「良いんじゃない?」と及第点をもらいました。
普段は、なかなかもらえないものだったので、純粋に嬉しかったです。
しかし、なぜこの答案だけ
良い評価(あくまで及第点)もらえたのか、と振り返ってみればいろいろな要因があるように思います。
一つの要因としては、今回書いた答案が、最近扱った内容(民法:物権)であったこともあるでしょう。
ただ、一番大きな要因は
、答案のイメージを持っていたことだと思います。
たしかに、僕は、論点ごとのバランスが悪いとよく指摘されます。たとえば、論点が2つあるにもかかわらず、1つの論点だけを大きく掘り下げて論じ、他方の論点はほとんど手つかず、という具合です。
けれども、ここ最近、いろんな人の答案を見たり、学部時代にもいろんな答案に触れておいたおかげで、何となく、方向性のようなものを見ることができるようになってきたように思います。そのため、悪かった論点バランスも少しは矯正されたのかもしれません。(もちろん、まだまだ改善の余地あり、いや、改善すべき点が多々あります。)
また、学部時代も、少しは答案を書いていましたが、それにも増して、他人の答案を見る機会を持てていたことが良かったのかな、と思います。
そして、もう一つの要因として、基本書の内容が少し物語のように把握をすることができるようになったことがあげられます。これは、うまく説明できないのですが、つまり、著者の論旨をある程度きちんと追えるようになった、ということです。
当たり前じゃないか、というかもしれませんが、僕にとっては大きな進歩です。
これまでは、基本書を読んでいたとしても、論点のところだけを読むということしかしてきませんでした。
長い長いドラマの「名シーン」だけを総集編のように見ている感じでしか基本書と向き合ってきませんでした。
このような読み方では、ドラマの主人公の生い立ちさえもわからないでしょう。「起承転結」とよく言いますが、「転」ばかり、見ているようなものです。知ったかぶりはできますが、ドラマをきちんと説明せよ、と問われたら何も言えませんでした。
けれども、きちんと第1話から、すなわち、基本書の論旨を追うように読むと、流れを把握することができ、より深い理解ができるようになりました。
話は戻って、このように読む癖(方法)が身についてきてから、答案の流れも少しは良くなったように思います。
過去に何度も回答を書いたり、あるいは授業で勉強をしてきたことであっても、きちんと軸を捉えて読むだけで、インプットとしての理解も、アウトプットとしての表現も異なります。
恥ずかしながら、だらだらと当たり前のことを書きました。
先生方がこれを読んだら
「何を今さら!」と怒るかもしれません。
しかしながら、日々、ゆっくりと前に進んでいる(気がする)僕を、
暖かい目で見守ってください。
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