迫る5月の司法試験を控えた今日この頃、久しぶりにブログを更新してみる。
というのは、
「平成26年司法試験の採点実感等に関する意見(公法系科目第1問)」に(今さらながら)疑問を持ったからです。
全く利己的なブログだぜ(←良い子には見えない)既に、話題になっているかもしれませんが、この箇所です(以下、引用)。
設問2について,【ある観点からの反論→それに対する受験者自身の見解→
別の観点からの反論→それに対する受験者自身の見解→更に別の観点からの反
論→それに対する受験者自身の見解・・・】という構成の答案が多かった。そ
の結果,手厚く論じてもらいたい受験者自身の見解の論述が分断されてしまい,
受験者自身が,この問題について,全体として,どのように理解し,どのよう
な見解を持っているのかが非常に分かりづらかった。
このことは、どのような意味があるのでしょうか。
自分なりに考えてみましたが… どのような書き方が非難されているのか。
<例文>
第2 設問2
1 憲法上の権利について
(1)被告の反論
本件は21条の保護を受ける・・・
(2)私見
本件は21条の保護を受ける・・・
2 審査基準について
(1)被告の反論
合理性審査が妥当だ・・・
(2)私見
厳格な合理性の基準が妥当だ・・・
という形での記述が否定されたように読むのが良いのだろうか。
「ダメだ!」とか「評価しない!」というわけでもなく、「非常に分かりづらかった」という表記なのも一考の原因ではあるが…
たしかに、思いを巡らせてみると、<例文>のような観点毎の書き方には読み手にとって不明瞭なことがあるのでないか、と思う。
つまり、たとえば、被告が↑の<例文>通りに「保護範囲」と「審査基準」の2つに反論したとします。
そうすると、私見もそれに対応して論が展開されます。
しかし、これでは「あてはめ」(と書いたら怒られるけど)に対応した私見が示せないことになり得ます。
読み手とすれば、「『憲法上の権利』と『審査基準』についてのあなたの見解はわかったけど、で、あなたの私見として法令は違憲なの? 合憲なの?」という疑問がわきそうです。
もちろん、「あてはめ」を書いていても、「審査基準」について私見がなければ、「何の基準を使ってるんだ!? こいつ!」ってなりそうです。
そうした意味で、観点毎に書くのでなく、「まとめで書いてくれ」と思ったのでしょうか……?
裏を返せば、観点毎に私見を書いても、全ての点を網羅することが出来るのであれば、差し支えない(?)のだろうか。
ただ、時間が限られた中では、網羅的に書ききれない人もいるでしょうし、そういう人に向けてのメッセージなのかもしれない。
さぁ、どうしよう?
意見求む。
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